暴行を“いじめ”と呼ぶな!大東中・真岡北陵の暴行動画は傷害事件レベル?

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事件・事故

最近、SNSで学校の暴力動画がたくさん広まって、大きな話題になっています。

中でも注目されているのが、大分県の大東中学校栃木県の真岡北陵高校で起きた事件です。

どちらの動画にも、抵抗しない生徒に対して何度も暴力をふるう様子がハッキリと映っていて、ネットでは「これはいじめじゃなくて、完全に犯罪では?」と、多くの人が怒りの声を上げています。

でも、学校や教育委員会は「いじめにあたるか調べている」などと、はっきりしないまま。

そんな対応に、SNSでは不信感や批判が広がっています。

一方で、加害者とされる生徒の名前や顔がSNSでさらされるような「私刑(しけい)」も問題になっています。

もちろん、こうした行きすぎた行動もよくありません。

でも、それよりもまず大切なのは・・・

暴力を受けた被害者の命と安全を、ちゃんと守ることです。

それができていなかったからこそ、ここまで問題が大きくなったとも言えるでしょう。

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大東中・真岡北陵の暴行動画は“いじめ”ではない!SNSの反応と教育委員会への批判

@deathdolnote

2025年末から2026年の年明けにかけて、大東中学校(大分県)と真岡北陵高校(栃木県)で撮影された暴行動画がSNS上で広まり、大きな注目を集めました。

どちらも共通しているのは、無抵抗の生徒が一方的に暴力を受けているという点です。

  • 倒れている相手を蹴る
  • 馬乗りになってビンタを繰り返す
  • まわりの生徒が止めることなく動画を撮影し、SNSで拡散する

こうした映像が広がったことで、ネット上では多くの人が強い怒りを表しています。

「これはいじめじゃない、暴行事件だ」という声が殺到

SNSでは、「いじめ」や「教育的な指導」という言葉で済ませようとする学校側の対応に、疑問の声が相次ぎました。

「倒れている子を蹴るなんて、これ普通に傷害罪では?」
「いじめって言葉でごまかすのやめてほしい」
「警察が動くべき話じゃないの?」

実際、暴行が撮影されたのは学校の中でありながら、事件としてすぐに扱われたわけではありません。

学校や教育委員会は会見などで「いじめに該当するかどうか、現在調査中」とコメント。

しかし、その“はっきりしない”対応が、かえって火に油を注いでしまいました。

SNSでは「教育委員会にも責任がある」との声

SNSでは、加害者の行動だけでなく、それを見逃していた学校や教育委員会の対応にも批判が集まりました。

「動画が出回るまで学校は何もしていなかったの?」
「教育委員会は毎回“調査中”ばかり。被害者は誰が守ってくれるの?」
「大人が守ってくれないから、ネットが動いてしまうんだよ」

こうした声からもわかるように、多くの人が「学校では守られない現実」に対して不安や怒りを感じていることがうかがえます。

“いじめ”という言葉が、暴力の本質を隠していないか?

「いじめ」という言葉は本来、子どもたちの成長に関わる繊細な問題として慎重に扱われるものです。

しかし今回のように、明らかに命に関わるレベルの暴力行為まで“いじめ”と呼ばれてしまうと、それが事件として正しく扱われなくなるという深刻な問題につながります。

大切なのは、言葉をやわらかくすることではなく、被害を受けた子どもを守ること

そして加害者には、年齢に関係なく責任ある対応を求めることです。

このような背景のもと、今回の動画はただの“学校内のトラブル”ではなく、日本の教育現場が直面している重大な問題をあらためて浮き彫りにしました。

大東中学校の暴行動画が大炎上!加害者の行動と学校の対応は?

@sxzBST

2025年の夏ごろ、大分市立大東中学校で起きた暴行事件が、年明けにかけてSNS上で大きく注目を集めました。

発端となったのは、生徒が別の生徒に暴力をふるう様子を撮影した動画が拡散されたことです。

動画には、教室近くの廊下で、男子生徒が別の生徒に対して頭や顔面を蹴ろうとする場面がはっきり映っています。

周囲にいた生徒たちは止めることもなく、笑い声やあおりのような声も聞こえていました。

学校側が動画を把握したのは“拡散された後”

さらに驚きだったのは、学校や教育委員会がこの暴力行為を把握したのが、動画が拡散された“後”だったということです。

動画は、もともと授業中の休憩時間に校舎内で撮影され、教育用のタブレットで撮影後にスマートフォンへ転送されたとされています。

その後、SNSを通じて一気に広まり、数十万回以上再生される事態に。

この動画をきっかけに、同じ加害生徒による別の暴行動画(公園での暴力)も発見され、問題がさらに深刻化しました。

教育委員会は「重く受け止めている」とコメント

2026年1月、大分市教育委員会は臨時記者会見を開き、動画の内容について「極めて重く受け止めている」とコメントしました。

ただし、この時点でもまだ「いじめに該当するかどうか精査中」という説明にとどまり、明確に「暴行事件」として扱う姿勢は見られませんでした。

この曖昧な対応は、SNS上でも強く批判されることになり、

「被害者が1人なのに動画が2本?これって常習性あるんじゃないの?」
「精査してる間に、次の被害者が出たらどうするの?」
「学校が動かないからネットが動く。子どもを守る大人は誰?」

といった声が数多く上がりました。

大東中の事件が社会に突きつけた“現実”

この事件をきっかけに、多くの人が感じたのは、「学校という場が、必ずしも安全な場所ではない」という事実でした。

誰も止めず、先生も知らず、動画だけが静かに拡散されていく。

そんな中で、子どもたちが日常的に暴力にさらされていた可能性を、私たちはもっと深刻に受け止める必要があります。

また、学校や教育委員会が「いじめ」という言葉にこだわり続けることで、被害者の苦しみや危険が見過ごされるリスクが高まっているという現実も見逃せません。

大東中学校の事件は、単なる一つのトラブルではなく、全国の学校で起こりうる“見えない暴力”の象徴として、多くの人の心に衝撃を与えました。

真岡北陵高校いじめ動画の実態!暴行の内容が想像以上だった

@deathdolnote

2025年12月、栃木県の真岡北陵高校で撮影された暴行動画がSNS上で拡散され、大炎上しました。

その動画には、トイレの中で無抵抗の男子生徒が何度も殴られ、倒れたあとも蹴られ続けるという、非常にショッキングな光景が映っていました。

周囲には複数の生徒がいたにもかかわらず、誰ひとり止めることはなく、傍観しながら撮影していたとされています。

撮影されたのは“いじめ”ではなく“暴行”だった

この動画を見た人の多くが、「これはいじめなんかじゃない、完全な暴力事件だ」と感じたのではないでしょうか。

被害者はまったく抵抗しておらず、加害者は一方的に拳を振るい、さらに倒れた相手を蹴る行為まで行っています。

動画の中には笑い声や煽るような言葉も聞こえており、「見せもの」のように暴力が扱われていたことがうかがえます。

これは、ただのケンカや感情の行き違いとはまったく別次元の行為です。

もし頭部を強く打っていたら、もし一撃が急所に入っていたら・・・

命に関わる危険性が十分にある内容でした。

動画拡散後に「加害者の私刑化」が加速

動画が広まると同時に、SNSでは加害者とされる生徒の情報が次々と拡散されていきました。

  • 過去の写真
  • 名前や通っている学校
  • 家族構成
  • 自宅の場所 など

中には、YouTuberがその生徒の家を訪れてインターホンを鳴らす動画まで投稿され、学校周辺には見物人が集まる騒ぎにまで発展。

県警も周辺の警備を強化する事態となりました。

このような「ネット私刑(しけい)」は、たしかに問題のある行為です。

ただし、こうした暴走を招いたのは、学校や教育委員会の対応があまりにも遅く、曖昧だったことも原因として挙げられます。

学校は「拡散後」にやっと事態を把握

教育委員会によると、この暴行は2025年12月19日に発生したものの、学校がその存在を把握したのはSNSで動画が拡散された“数日後”でした。

つまり、生徒が暴行され、動画が撮られ、それがネットに出回るまで、学校内ではまったく気づかれていなかったということになります。

その後、学校側は動画に映る生徒が自校の生徒であることを認め、「いじめの定義に該当する可能性がある」と説明しました。

しかし、こちらも「いじめ」か「指導の一環」かというラインにこだわり、明確に“暴行事件”とは認めていません。

なぜ誰も止めなかったのか?

@nBwQSzmg3qU2ysd

動画を見ていて、一番印象的なのは、周囲の生徒たちが止めようとしなかったことです。

誰かが止めていれば

誰かが大人に知らせていれば

誰かが動画を撮る代わりに先生を呼んでいれば

この事件がここまで大きくなることはなかったかもしれません。

「見ていただけ」「撮っただけ」「知らなかった」では、もう済まされない時代です。

「周りにいるも人みんな同罪だ」

この言葉が、現実のものとなってしまいます。

暴力が“見世物”として扱われ、それをSNSで共有してしまうという危うさが、今回の事件でははっきりと浮き彫りになりました。

大東中学校、真岡北陵高校で起きたことは、誰の身にも起こりうる“現実”です。

見て見ぬふりや、曖昧な対応がどれだけ危険なことなのか、私たち一人ひとりが考えなければならない問題だと言えるでしょう。

拡散される暴行動画の連鎖!SNS私刑の危うさと、まず守るべき命の重み

@nBwQSzmg3qU2ysd

大東中や真岡北陵高校の事件に続き、熊本県の矢部中学校島根県の松江西高校でも、暴行や暴言に関する動画がSNSで拡散され、大きな反響を呼んでいます。

こうした「学校内の暴力映像」が次々と表に出てくる今、そのたびにSNS上では加害者を特定して晒すような動きが加速しています。

矢部中学校では“命に関わる”集団暴行も

2026年1月にSNSで拡散されたのは、熊本県・矢部中学校の暴行動画。

そこには、1人の生徒が複数人に囲まれ、首を絞められ、馬乗りになって殴られるという衝撃的な場面が映っていました。

被害者の母親は「息子は殺されかけた」とSNSで告発。

その強い言葉が示すように、これは単なる“ケンカ”ではなく、明らかに命の危険があった暴力です。

しかも、まわりにいた生徒たちは止めるどころか、「早よ死ね」などとあおるような発言。

まるで“暴力をエンタメ化”しているかのような雰囲気さえ伝わってきます。

松江西高校では教師への暴言動画が拡散

@108takapi_new

また、島根県の松江西高校では、授業中に生徒が教師に対して暴言を浴びせる動画が拡散されました。

この動画でも、教室の雰囲気は完全に崩れており、教師は対応に困っている様子。

周囲の生徒は笑い声を上げており、まるでそれを楽しんでいるかのような空気感がありました。

これらの動画が次々と表に出てくることで、「今、日本の学校現場で何が起きているのか?」という問いが、ますます深く、そして重たく突きつけられています。

SNSでの“私刑”は正義か?新たな加害になっていないか?

こうした暴力動画が拡散されるたびに起きるのが、加害者への「私刑(しけい)」です。

動画に映っていた人物の名前・顔・住所・家族情報などが、あっという間にネット上にさらされてしまいます。

中には、自宅にまで押しかけるYouTuberや、過去のSNS投稿を掘り返して晒す人まで登場しています。

これではまるで、ネットの中で“裁判”や“処罰”を勝手に始めてしまっているような状況です。

もちろん、暴力を許してはいけませんし、加害者に責任があるのは間違いありません。

でも、それを超えたネットでの集団攻撃は、また別の「加害」になりうるという視点も、忘れてはいけません。

でも、一番守るべきなのは――被害者の命

私刑や晒し行為が問題であることは、多くの人が理解しています。

ですが、それ以前に考えなければいけないことがあります。

暴力の被害にあった子どもの命がきちんと守られていたか?

もし、今回のような動画が出なければ、もしSNSで話題にならなければ、学校は本当に対応していたのでしょうか?

「やりすぎは良くない」と言われる私刑ですが、そもそも学校や大人が、見ていた人が、本来の役割を果たしていれば、ネットが動く必要なんてなかったのです。

暴力は絶対に許してはいけません。

でも同時に、「正義」の名のもとに新たな被害者を生まないことも大切です。

そのためには、学校も社会も、そして私たち一人ひとりも、「何が本当に大切なのか」をもう一度考える必要があります。

まとめ

大東中学校や真岡北陵高校で起きた暴行動画の拡散は、多くの人に強い衝撃を与えました。

どちらも「いじめ」という言葉では説明しきれないほど深刻な内容です。

被害にあった生徒たちの命や心の安全が、学校という場で守られていなかったことが浮き彫りになりました。

さらに、熊本県の矢部中学校や島根県の松江西高校でも、同様の暴行や暴言の動画が出回りました。

学校現場が抱える問題は、もはや一部の地域だけの話ではないことが明らかになっています。

SNSでは、加害者を特定して晒すような「私刑」が横行し、その行き過ぎが新たな加害につながることも懸念されています。

しかし、それ以上に大切なのは、暴力の被害にあった生徒の命と安全が最優先されるべきだということです。

暴行を「いじめ」として処理するのではなく、正しく暴力として向き合うこと。

そして、学校や教育委員会、大人たちが責任を持って対応すること。

その積み重ねが、再発を防ぎ、子どもたちが安心して通える学校をつくる第一歩になるのではないでしょうか。

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