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近藤心音がまた怪我でオリンピック棄権!批判殺到のワケとは?

冬季オリンピック2026
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2度目の怪我、そして再びの棄権。

オリンピック選手に選ばれた近藤心音に、またしても試練が訪れました。

注目される立場で起きた出来事に、応援とともにさまざまな声が飛び交います。

それは単なる怪我のニュースにとどまらず、競技のあり方や選手の背負うもの、そして私たちが無意識に向ける“まなざし”まで映し出していました。

一体なぜ、ここまで反響が広がったの…

その理由を詳しく見てみましょう。

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近藤心音がまた怪我で棄権!

the-ans.jp

2026年のミラノ・コルティナ冬季オリンピック。

フリースタイルスキーの日本代表に選ばれていた近藤心音(こんどう・ここね)選手が、なんと大会直前にまたしても怪我をしてしまい、出場を断念することになりました。

また…?

と思った方、鋭いです。

そうなんです。

実は近藤選手、前回の北京オリンピックでも怪我で棄権していたんです。

あの時は右膝、今回は左膝。

まさかの2大会連続の欠場となってしまいました。

今回の怪我は、2月5日に行われた公式練習中の転倒によるもので、診断はかなり重め。

左膝の前十字靱帯と内側側副靱帯を損傷し、半月板にも骨挫傷が見られたそうです。

歩くのもつらい状態だったとのことで、翌日のスロープスタイル予選は棄権。

さらに14日のビッグエアも出られず、2月9日には早期帰国が発表されました。

今滑ることはできなかったんですけど、この場に立てたことに誇りを持とうっていう気持ちに切り替えられてます。
本来であれば歩くことも不可能だと思う。
治療を受けてトレーニングも最後まで取り組むことができた。
私としては北京と同じではない
すぐに事実を受け入れて次に取り組むことができた心の強さもそうですし、最後までこの場にいたいという気持ちが消えなかった。
この場にいずに逃げることもできたと思うんですけど、ちゃんと皆さんにお伝えする場がこの場にあるんだったら、最後まで自分の言葉で表に出るべきだと思った。
すごい自分は強いなと思います
コースを滑れないかもしれないけど、トライする気持ちをめげずに持ち続けるっていう姿を最後まで見せたかったので、納得できる形で終われるようにっていう選択しました。
ここ2日間でたくさん考えて、やっぱり競技をやってる以上結果が全ての世界ではあるけど、でも私はオリンピックが人生の一部であって、全てがかかっているものではないし、最後まであきらめずに、最後まで心折れずにやり切ることができたので、そこに関して私は皆さんに申し訳ないっていう気持ちではなく、よく頑張ったっていうふうに言ってもらいたいなって思います。

SNSでもすぐに話題に。

「また怪我なの!?」
「つらすぎる」
「神様は意地悪だ…」

と、驚きや心配の声が多く寄せられました。

実は近藤選手、前回の北京大会後から4年間、懸命にリハビリを続けてきたんです。

絶対にまたオリンピックに出たい」と、一から体を作り直し、今回の代表枠を自力で勝ち取った努力家。

その背景を知っている人ほど、今回のニュースには胸が詰まったのではないでしょうか。

本人のコメントも、とても印象的でした。

「理不尽で残酷な、どうしようもない出来事を受け入れている。最後まで頑張った自分を誇りに思いたい」

…もう、グッときますよね。

どんなに悔しくても、「自分を誇りに思いたい」と前を向こうとする姿に、思わず応援したくなってしまいます。

ちなみに、今回の五輪が「最後のつもりだった」とは明言されていませんが、ひとつの集大成として臨んでいたのは間違いなさそうです。

それにしても、フリースタイルスキーって本当に過酷な競技。

高く跳んで、回って、着地して…かっこいいけれど、転倒のリスクも常に背中合わせ

今回も他の選手たちが転んだり、負傷したりと、雪質や会場の安全性についても疑問の声があがっていました。

一部のSNSでは「また怪我?」「2大会連続ってどうなの」なんて、ちょっとキツい声もあったようです。

でも、本当に棄権したくてしてる選手なんて、いませんよね。

誰よりも悔しいのは、本人です。

どうか今は、しっかり休んでほしい。

そして、またどこかで元気な姿が見られたら――。

そう願っている人は、きっと多いはずです。

批判と炎上の理由は?

ヤフーニュース

近藤心音(こんどう ここね)選手が、怪我でオリンピックを棄権。

このニュースにショックを受けた方も多かったのではないでしょうか。

「よく頑張ったね」
「つらかったよね」

そんな声がネットにはたくさんあふれていて、選手をねぎらう雰囲気が強く感じられました。

ところがその裏で、ちょっとした“ひと悶着”もあるんです。

きっかけは、近藤選手がInstagramのストーリーズで、寄せられた誹謗中傷コメントを紹介したこと

@h_kazu_

中には「また出るの?」「もう次は辞退して」といった厳しい内容もありました。

これに対し、彼女はこう反応しました。

「それは今この状況にある私に対して言う言葉でしょうか?
辞退するもしないも枠を掴み取った私が決めることです」

この言葉に、「その通り!」「よく言った!」といった応援の声が多数寄せられました。

でも一方で、「ちょっとキツい言い方じゃない?」「なんか上から目線に見えたかも…」という一部の違和感の声も。

そしてX(旧Twitter)では、いろんな意見が飛び交います。

「2大会連続で怪我って、さすがにどうなの」
「出られなかった選手のことも考えてほしい」
「代表としての自覚が足りないんじゃ…?」

こうした声も確かにありました。

でも、実際には「そっちの言い方こそひどい」「怪我したくてしてるわけじゃない」と、近藤選手を守ろうとする投稿の方がずっと多かった印象です。

このあたり、SNSらしいというか…意見がぶつかるのは、ある意味“いつものこと”かもしれません。

ただ、見えてきたのは、「どう発信するかの難しさ」。

近藤選手は、ただ素直に「傷ついた」と伝えたかっただけかもしれません。

けれど、読む側によっては「感情的」と捉えられてしまう。

そんなすれ違いが起きてしまったんですね。

それともう一つ、背景には「オリンピック代表の重み」もありそうです。

選ばれなかった選手や、応援していた他の選手のファンからすれば、「チャンスが無駄になった」と思ってしまう気持ちも、ゼロではないのかもしれません。

でも、それをそのまま本人にぶつけてしまうのは、ちょっと違う気がしますよね。

だって、怪我をして一番つらいのは、近藤選手本人

誰よりも出たかったのに、叶わなかったんですから。

今は「言葉が届きすぎる時代」。

だからこそ、ついカッとなっても、一呼吸おいて「これ、本当に言うべき?」と考えたいものです。

応援の声も、厳しい声も、いろんな意見がある。

でもその先に、ちゃんと“人”がいることを忘れずにいたいですね。

二度目の棄権が残した波紋

ヤフーニュース

近藤心音(こんどう ここね)選手の「2度目の棄権」は、多くの人の心に複雑な思いを残しました。

前回の北京オリンピックでは右膝の怪我で欠場。

それでも諦めず、リハビリとトレーニングを重ね、ワールドカップなどで結果を残し、ついに自力で代表の座を掴んだ今回のミラノ大会

その努力を知っている人からすれば、「よくここまで戻ってきた」と、胸が熱くなるようなストーリーだったと思います。

そんな中での再びの怪我。

しかも今度は左膝ということで、SNSでも「なんて残酷なんだ…」という声が相次ぎました。

ただ、本人は今回の棄権について、「理不尽で残酷な出来事」と言いながらも、「最後までやり切った」「心は折れていない」「自分を誇りに思いたい」と前向きに語っています。

だからこそ、「再起の夢が砕けた」というよりは、「また一つ挑戦が遠のいてしまった」くらいの表現がしっくりくるかもしれません。

とはいえ、この“2大会連続の棄権”という事実が持つインパクトは小さくありません。

競技関係者やファンの間では、代表選考についてもあらためて議論されるようになっています。

フリースタイルスキーは、もともと怪我のリスクが高い競技

大ジャンプ、連続トリック、そして着地までの一連の動作の中で、選手たちは常に危険と隣り合わせです。

そのうえで、「本番で出られない可能性が高い選手を代表に選ぶべきか?」という声が一部で上がるのも事実です。

また、「他の日本人選手の方がチャンスを活かせたのでは?」という“もしも”の視点も、SNSでは少なからず見られました。

もちろん、近藤選手はルール通りの選考で選ばれ、出場権を勝ち取った実力者

本人に責任があるわけではありません。

もし近藤選手が選ばれていなかったら、その枠は「日本人選手に渡る」のではなく、オリンピック出場の条件を満たしている「補欠リストに載っているどこかの国の選手に渡る」のです。

でも、“結果”だけを見てしまうと、どうしてもそういった議論が出てきてしまうのが、オリンピックの厳しさなのかもしれません。

また、今回の件を通じて、多くの人が改めて感じたのは、アスリートの心と身体が、どれだけギリギリで成り立っているのかということです。

4年に一度の舞台。

そのチャンスを目指して何年もかけて準備を重ねても、たった一度の転倒で全てが終わってしまう。

そんな世界に身を置きながら、それでも前を向こうとする近藤選手の姿に、勇気をもらったという人も多かったのではないでしょうか。

現在、近藤選手は日本に帰国し、治療に専念しています。

今後については明言されていませんが、本人は「心は折れない」「自信と誇りを持って生きていきたい」と前向きな気持ちを綴っています。

SNSには

「もう十分頑張ったから、今はゆっくりしてね」
「またあの舞台で会える日を楽しみにしてる」

といった、あたたかい声が多く届いています。

今回の棄権は、たしかに悔しく、重い出来事でした。

でもそれは、競技の未来や代表制度、そしてアスリートのメンタルについて、私たちが考えるきっかけをくれた出来事でもあったのかもしれません。

まとめ

近藤心音選手のオリンピック棄権は、多くの人の心に何かを残しました。

ただの結果として片づけられない、努力の重みや、競技の過酷さ、そしてアスリートを取り巻く声の複雑さ。

2度目という事実が、より一層の注目と反応を呼んだのも当然かもしれません。

けれど、彼女の前向きな言葉や揺るがない姿勢は、画面越しにも確かに届いています。

これが終わりなのか、それとも次への始まりなのか。

今はまだわかりませんが、彼女の歩みがまた動き出す日を、そっと待ちたいと思います。

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