Netflixで配信されたドラマ『アドレセンス』が、「重すぎるけど目が離せない」と話題になっています。
たった13歳の少年が同級生を刺した・・・
というショッキングな事件をテーマに、各話(全4話)を完全ワンカットで描くという前代未聞の作品。
だけど、この作品が本当にこわいのは「犯行そのもの」じゃありません。
その裏にある“ふつうの家庭”、“ありふれた言葉”、“SNSのノリ”といった、日常に潜む小さなズレや暴力かもしれません。
この記事では、そんな『アドレセンス』のあらすじ・見どころ・ネタバレ・考察をわかりやすく紹介していきます!
気になる方はぜひ最後まで読んでみてくださいね(^^)
『アドレセンス』がNetflixで話題に!問題作と絶賛された理由

2025年、Netflixで話題になっている衝撃ドラマといえば――
『アドレセンス(Adolescence)』
SNSでは
「これ、ヤバすぎる…」
「心が削られる…でも最後まで見てしまった」
と、ひそかにざわつきまくってる作品です。
正直に言うと、ふつうのエンタメ作品ではありません。
13才の少年が同級生の女の子を刺しちゃう、っていうめちゃくちゃ重いテーマを扱ったドラマです。
でも、ただのサスペンスじゃないんです。
この作品のスゴさは、なんといっても全話ワンカットという超異例の撮影手法。
1話まるごと50分、カット割りナシでず〜っとカメラが回りっぱなし。
全部で4話あるので、合計200分ずっと“ワンシーン”。
「え?なにそれ?」と思った人。
ほんとにカメラがずーっとまわってるから、登場人物の息づかいや表情の変化までリアルに伝わってくるんです。
なんなら、自分もその場にいて見てるような感覚になります。
@netflixjapan 衝撃の1カット撮影の舞台裏 「エピソード2」編 #アドレセンス #Adolescence #海外ドラマ #drama #ネトフリ #ネットフリックス #netflix ♬ original sound – Netflix Japan
撮影技術だけじゃなくて、物語の切り口もすごく深い。
テーマはこれかな☟
- “男らしさ”ってなに?
- 親と子のすれちがい
- SNSで人をおとしめる言葉のこわさ
- そして「人を傷つける心」はどこから生まれるのか?
っていう、今を生きるわたしたちにズシンとくる問題ばかり。
プロデューサーはなんとブラッド・ピット(そう、あのハリウッドの!)
脚本には俳優としても有名なスティーヴン・グレアムが参加。
世界中のプロたちが全力でつくった“ただごとじゃない作品”なんです。
ちなみに、映画レビューサイトでは批評家の評価がまさかの99%!
これ、ほぼ満点レベル✨
ただ、視聴者の評価はちょっと割れるかも。
というのも、ストーリーがめちゃくちゃ重いから…。
「気軽に観よ〜♪」ってノリで再生すると、ちょっと心にズドンと来るかもしれません。
それでも、観た人の多くが「これは観るべき」「何かが残る」と言ってる本作。
ネタバレをふくめて、ここからもっとくわしくお伝えしていきます!
13歳の少年が殺人犯に?あらすじと衝撃の展開【ネタバレあり】

舞台は、とある郊外に住むふつうの家族。
ある朝、警察がガチャっとドアをあけて、13歳の少年ジェイミーを逮捕しちゃうところから物語ははじまります。
罪状:殺人
しかも、同じ学校の女の子をナイフで何度も刺したっていう、信じられない内容。
ジェイミーは「ちがう!ぼくじゃない!」とパニック。
でも、警察が見せてきたのは…ハッキリと犯行のようすがうつった監視カメラの映像。
それを見ていたパパ(エディ)も、言葉を失ってしまいます。
ここで「えっ、本当にやったの?」と一瞬疑いたくなるけど、映像はどう見てもジェイミー本人。
しかも、7回も刺している。
ちょっと信じたくないような展開だけど、ここからがこのドラマの本番なんです。
そもそも、なんでそんなことを?
じつは、ジェイミーと被害者のケイティは、仲が良かったわけでもないし、特別な関係でもなかったんです。
ただ、SNS上ではケイティから「この子、男として見れないよね」みたいなコメントや、いじめっぽい投稿がされていたらしく・・・
男として。
これがポイントです。
それが、ジェイミーの心にどんどん積もっていったみたいなんです。
そして、ある日ついに爆発してしまった…。
学校の友だちから聞き取り調査も
警察が学校に聞きこみに行くと、ジェイミーの友だちから、気になる証言が出てきます。
「ケイティにバカにされてた」
「ナイフはぼくが貸した」
…え?ナイフ貸した?なんで?
ここから物語は、どんどん思春期のこどもたちの“理解できない心理”に踏みこんでいきます。
ワンカット撮影がエグいほどリアル
ちなみに、ジェイミーが逮捕されて、パトカーに乗って、警察署で取り調べを受けるまでの一連の流れ。
これがノーカットの一発撮りでぜんぶ描かれてるんです。
これがめちゃくちゃリアルで、ドキドキする。
なんなら自分まで取り調べされてるような気分になります…。
このあたりまで観ると、「あ〜これは軽く観れるドラマじゃないな…」って気づくはず。
だけど、画面から目が離せないのも事実。
なにより「なんでジェイミーはこんなことを…?」という問いが、ずっと頭から離れないんです。
”男らしさ”が狂気を育てる?父と子のすれ違いが生んだ悲劇

ここからが『アドレセンス』のいちばん心に刺さる部分。
それは、ジェイミーと父・エディの「すれちがい」にあります。
正直、ジェイミーの行動ってどう考えても正当化できないし、見ていて苦しくなる。
でも、その裏には「わかりやすい虐待」とか「壮絶な家庭環境」があったわけじゃないんです。
むしろ、ふつうの家庭・ふつうの父親。
だけど、だからこそ――って感じなんです。
父エディは“昭和のお父さん”タイプ
ジェイミーのパパ、エディはちょっと昭和っぽいタイプ。
たとえば…
- スポーツが好きで体もがっしり
- 「家族をひっぱるのはお父さんだろ」って思ってる
- プライドが高くて、自分の弱みはなかなか見せない
- 息子に対して、「男ならこうあるべき」って無意識にプレッシャーをかけていた
これって、どこの家庭にもありそうな“ふつうの父親像”かもしれません。
※「ふつう」という言葉は、私はあまり好きではありませんが、ここではあえて使いますね。
サッカーの試合での、たった一度の視線
作中で、印象的なエピソードがあります。
ジェイミーがサッカーの試合でミスをしたとき。
そのとき、彼は思わず父の顔を見たんです。
「どんな反応してるかな」って。
でもエディは…目をそらした。
この“目をそらされた”っていう行動が、ジェイミーの心にズシンと響いちゃったんですね。
そこから彼は、
「ぼくはお父さんみたいな“ちゃんとした男”じゃない」
「もっと“男らしく”ならなきゃダメだ」
って、自分にどんどんプレッシャーをかけていきます。
じつは父も、つらい過去を持っていた

このドラマのラスト近くで、父・エディの本音が明かされます。
彼の子ども時代はめちゃくちゃハードで、「おやじにベルトでぶたれた」「よく殴られて育った」という壮絶な過去がありました。
だから彼はこう思ってたんです。
「自分の子には、絶対にそんな思いをさせたくない」
たしかに彼は、ジェイミーに手をあげたことは一度もなかった。
ゲーム用のパソコンも買ってあげたし、絵を描くのが好きなら画材セットも用意した。
ちゃんと愛していたし、大事にしてたんです。
でもね…。
それでも、ちょっとした“すれちがい”や“言葉にしなかった期待”が、ジェイミーにとっては苦しさの原因になっていた。
そしてそれが、あの事件へとつながってしまった。
やさしさのつもりが、プレッシャーになってた?
子どもにとって、親の「こうなってほしい」は、思ってる以上に重たく響くことがあります。
エディは愛をもって接してたけど・・・
「男はこうあるべき」「しっかりしろ」
っていう“見えない圧力”が、ジェイミーをどんどん追いつめていたのかもしれません。
この作品がすごいのは、誰も極端に悪くないのに、こんなにも悲劇が起きてしまったってところ。
父も子も、ただ「ましな親になりたかった」「ちゃんとした男になりたかった」だけ。
それなのに、ボタンのかけちがいが取り返しのつかないことになってしまった…。
そんなリアルすぎるテーマが、見る人の心にグサッとくるんです。
ネット文化と無自覚な暴力が導くラストの異常性とは?

ジェイミーが罪をおかした理由。
それって、父との関係だけじゃなくて、“ネット文化”の影響もめちゃくちゃ大きかったんです。
とくにSNS。
これがもう、すごくリアルで…ちょっとゾッとします。
SNSでバカにされる“男らしさ”
ジェイミーは、ケイティに「童○っぽい」みたいなことをインスタでコメントされたり、「男として見れない」ってからかわれたりしてました。
たった数個の絵文字、たったひとことのコメント。
でも、思春期の少年にとっては、それが人生をまるごと否定されたような気持ちになってしまうこともあるんです。
そのうえ、ネットで見かける「男はこうあるべき」「モテない男はゴミ」みたいな意見たち。
ジェイミーは、そういうのにどっぷりハマっていきます。
“自分はインセルだ”と自虐するように…
物語のなかで、ジェイミーはあるとき、「自分はインセル(=恋愛経験がない男性のネットスラング)だ」って言われて笑われるんです。
それに対してジェイミーは、「さわれたのにさわらなかっただけ、ぼくはましだろ」って言い放ちます。
このセリフ、めちゃくちゃゾッとしました。
これって、「さわる(=性的な意味)」のが当然、みたいな考えを前提にしてるんですよね…。
完全に、女性を“モノ”として見ている発言🙅
ただの「いじめられてたから」って理由じゃなくて、もっと根っこの部分で、人を人として見られなくなっていた異常さがあったんです。
クソリプにクソリプで返す感覚?

ジェイミーがしたことは、どう見ても許されるものじゃない。
でも、その背景をよく見ていくと、SNSでよくある「罵倒されたら、もっと強い言葉で返す」みたいな軽いノリがそのまま現実に出てきたようにも見えるんです。
しかも、それが命にかかわるかたちで…。
ジェイミーだけじゃなく、ナイフを貸した友人のライアンも「悪いと思ってない」ような態度だったまわりのクラスメイトたちも、事件についてどこか他人事なんです。
これはもう、思春期のこどもたちの中にある、無自覚な残酷さそのもの。
「人を傷つけてもOK」という感覚の怖さ
ネットではよくありますよね。
「バズりたいから強い言葉を使う」
「よく知らない人を一方的に批判する」
「相手のことより、自分がスッキリするほうが大事」
この作品は、それが現実でどんな結果になるのかを見せてくるんです。
たったひとつのコメント。
たったひとつの無視。
たったひとつの、言葉にしない“期待”。
それが重なっていって、ある日、とんでもない事件が起きてしまう。
ジェイミーの行動は、決して許されるものじゃありません。
でもその背景にあるのは、私たちのまわりにもふつうにあるような空気や価値観なんですよね。
だからこそ、この作品は観ていてつらいし、でも目をそらせない。
そして、「こういう子どもを生まないために、自分たちは何ができるのか?」っていう問いが、ずっと頭の中に残ります。
『アドレセンス』が視聴者に突きつけた問いとは?

『アドレセンス』を最後まで観て、いちばんモヤっとしたこと。
「じゃあ、誰が悪かったの?」
ジェイミーはもちろん悪い。
でも、あの子をそこまで追いつめたのは一体なんだったのか?
父親?
SNS?
学校?
まわりの友だち?
ぜんぶ、ほんの少しずつズレていて、ぜんぶ、「それだけが原因じゃない」って思えるからこそ、答えが出ないんです。
「ましな親になりたかった」父の涙
ラストでは、ジェイミーの父・エディが泣きながら語るシーンがあります。
「おれはあの子のためにがんばってきた」
「ましな親になろうと思ってやってきた」
その姿が、もう……ほんとうに苦しくて。
親として子どもを想う気持ちは本物だったのに、結果はこんなふうになってしまった。
観ているこちら側も、親として・大人として・人として、何をどうしたらよかったのか、考えずにはいられません。
「強くあれ」と言う前に、どうか優しくあれ
この作品が伝えていること。
「思春期の子どもに“男らしさ”とか“ちゃんとしろ”って言葉を押しつけるまえに、ちゃんと心を見てあげて」
ということなんだと思います。
そして、「これはフィクションだから」じゃないんです。
いま、この社会でも同じようなことが静かに、ひそかに、どこかで起きているかもしれないから。
まとめ:心をえぐられるけど、観るべき一作
Netflix『アドレセンス』は、ワンカット撮影・13才の殺人・SNSと差別・親子の愛とすれちがい…
現代社会の「見たくないけど見るべき現実」が、ぎっしりと詰まった重厚なドラマです。
観終わったあと、「これは心がつらい」と感じるかもしれません。
でもそのぶん、「なにかを考えさせられる」という余韻がすごく深くて長い。
- 子どもとどう向き合うか
- ネットの言葉がどれだけ人を傷つけるか
- 自分の“正義”は誰かを追いつめていないか
そういうことを、エンタメを通じてここまで考えさせてくれる作品って、本当に貴重です。
気になった方は、どうか“覚悟して”観てみてください。
1人でも多くの人に、この問いが届きますように。

